商売と道徳の衝突

2010/03/23

結局は表現の自由ではなく、商売のやり方についての問題。内容をより過激にしたり、境界を曖昧にしてより多くの読者に売りたい出版側と自分の周りを綺麗にしておきたい人々の間のディスコミュニケーション。
qouroquis

ブックマークのコメントの中に非実在青少年問題を明確・端的にあらわしたものがあり、とても感心したのでこちらにも掲載した。
この事件をきっかけに、過去に書いた関連ブログなどを読み直し、さらにTLも見返すと次の様な一説があった。

RT @rumblefish スピーチから抜粋:「無慈悲な市場の論理に抗して文学のユートピアに身をささげる人、それが翻訳家なのです」ダニエル・ペナック

成熟した社会では、普通、それが可能な筈だった。紳士面した男も裏じゃ何やってるか知れたものではないが、見えないことはないことにしておく、という状態。ただし、そうした表現物が「産業」化して流通を始めると、その種の暗黙の共生は困難になる。

ともに大蟻食閣下。
そういえば、東京都議会会館で開かれた非実在青少年規制反対集会での会場設営・整理はコンテンツ文化研究会 / Institute of Contents Cultureがやっておられたが。そのとき、パネラーの先生方や来賓の方々のためにロハスな水を急遽買ってきて渡していたのを思い出した。
あれだって無料で貰ってこられる訳がない。会館の売店で買ってきて、当然その時は領収書を切って、配っていたのだ。また、10人くらいの人間を、会場整理・設営(要スーツ着用)のために雇うとすると、ふつうなら15万以上かかることなども、この記事を書いていて思いついた。
私が出版社・流通に対してきついことをいうのには、こんな背景もある。

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