レイプレイから発するエロゲー規制をめぐる言説

2009/06/03

「わかりやすいようにこれまでの経緯を時系列順にまとめると以下のようになる」冒険野郎マクガイヤー

「言論・表現への法規制に抗するために」地下生活者の手遊び

「表象は読み解かれなければならない」地を這う難破船

「『特定ポルノ』という発想」地を這う難破船

「2009年6月3日」大蟻食の生活と意見

言説はこれほどまでに込み入っているのだが。
冒険野郎マクガイヤーさんのまとめを参照していただければことの大筋は解るだろう。
大事なのは地を這う難破船さんの関連の読み応えのありすぎるblogをすべて読破すること。余力があれば地を這う難破船さんが言及した地下生活者の手遊びさんその他を見て回れれば大いに結構。
これらの手続きを踏んだ上で、本日の大蟻食さんのblogを読むと、レイプレイという身も蓋もないエロゲーを契機に近年まれに見る立派な論争が形作られていることに仰天できるはずだ。
ここにこれ以上付け加えるのは蛇足だろうし、知らん顔をしているのが一番賢いのは解っている。
けれども阿呆なので思ったことを書いてみる。
私は児童ポルノの単純所持の違法化を阻止したい、というポジションをとっており、そこから表現の自由に対するすべての規制に反対を唱えている。一方で「【解説】エロマンガ関係者の方へ、児童ポルノについての発言はしないでください。」に書いたことをあえてくりかえすが、本来ポルノというのは、本屋の奥の方の棚にあって、手に取る客は店員から胡乱な目で見られる類のものだ、とも考えている。
暴力やレイプの無い、夜女性が独りで歩けるような社会になればいいと思うことと、このblogで取り上げているエロ漫画や洋物ポルノで抜くことは両立出来ると信じているし、そうでなければ私の存在は嘘だということになってしまう。
ダブルスタンダードといわれればそれまでだが、黒か白かではなく、背景によって濃さが変化する、あえていえば世界の色は灰色じゃないかと思うんだ。
今回のレイプレイについていえば、レイプ・陵辱と書かれたパッケージに対して、ごくごく真っ当な異議申し立てがあり、これに関しては使わないようにしましょうと倫理を司る人達が決めただけのことだと認識している。
これは余談だが諸外国では倫理を司る人はキリスト教、イスラム教といった宗教関連の人なのだが、それが日本では役人とその手下になっているのがとても興味深い。役所や政府のことをおかみと呼ぶのは日本くらいなものだろう。
実際、エロ漫画ではそういうようになってきており木静日誌さんの「2009年2月25日の日記」(現在サイト休止中)にもそのために、単行本を新装したことが書かれている。いいたいのは絶版になった訳ではないということだ。
またさらに余談。実力があって売れる作家はどのような形であれ増刷されるのだ。規制が厳しくなったために増刷できなくなりました、というのは編集者のやさしい嘘であり、資本主義というのはこれこのように容赦ないものだったりする。
また、先日「画集おとなの萌王」のからみではてなキーワードを編集していて驚いたのだが、会社組織でガチな陵辱系のみというところはほぼ無くなっていた。鍵や型月が主流であることを思えば当然、といえば当然か。
このように“ざっくりした「介入」で休戦状態を贖えるなら安いものだ。”という大蟻食さんが書かれているような状況認識によって、少なくともエロ漫画の世界は動いているし、またエロゲーの世界もそうなっていくといいなと思う。そうなれば、少なくとも食い詰めて路頭に迷う人は出ないだろう。
オカズが無くとも生きてゆけるし、それを金さえだせば手に入るようにせよ、というのは少し乱暴かと思った次第である。

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