木静謙二様へ

2008/03/19

だから例えば自分の描いたエロ漫画読んで「抜きました」って言われるのはすげえ嬉しい反面、や、でもまあ、声高にアピールする事でもないんであの、こっそり個人的に楽しんでいただければそれだけでもう。でもほどほどにしてくださいね。ホントありがとうございます。という気になる。

木静謙二ブログ「木静日誌」より*現在閉鎖中

まったく関係の無い話からはじめますが。
引用というのは怖い。
特にされる側にとって、前後の文脈を飛ばして、都合のよい部分だけ抜き出されて引用されるのはとても卑劣な感じがして気持ちが悪く。そして、その部分だけが独り歩きしてゆくことも、マルティン・ニーメラーの言葉の様にごくありふれたものであります。
にもかかわらず、ことインターネットの世界においては、ハイパーリンクの誘惑に抵抗することはとても難しいことは事実です。
木静謙二さんはこのblogとは縁がある方で、今回の問題に関しても実作の立場から、ご意見を書かれています。警察による手錠・腰縄・猿回しの可能性があることをご承知で、いくつかの見解をblogに載せられていることを尊敬しております。
しかしながら個人的に、尊敬する方が危険な橋を渡られているのを見るのは、あまり心臓に良くないというのも正直なところであります。また幸いMiAUが理不尽に売られた喧嘩を買ってくれたこともあるので、ここから先は児童ポルノ問題に関してお書きにならない方が良いかと思うのです。
正直、私は警察が怖いです。先日の深夜、コンビニの前で自分の自転車について職質を受けた時、はばかるところは何も無いはずなのにドキドキしました。チキンといわれればそうだと答えるだけなのですが…。
私は現況において、エロマンガを描いている方がこの問題について意見を述べられることは、なるべく控えられた方が良いと考えています。それは個人が自分の発言について国家を相手にリスクをとれるほど日本の民度は高く無い、と私は思っているからです。だからこそMiAUが必要なのです。
理屈でいうと表現の自由は、他の権利に勝るものであるのですが、しかし時代的・個別的な背景を抜きにしてそれをごり押しするのは非現実的です。また政治的な問題のほとんどについては妥協点というものがあり、今回の児童ポルノ問題についても“落としどころ”というものが想定できます。二つの立場を足して二で割って、双方共に不満を持ちながら、それでも傷つけあうことなく同居してゆく、という姿こそが成熟した民主主義だと私は思います。
なにかとりとめの無い文章となってしまいましたが、どうかご勘弁を。

補足
このころ、漫画家の木静謙二さんが表現規制の動きに対して、ネットで積極的に意見をのべておられた。また、前出の粋な消し、無粋な消しを書いたときにもご意見をいただいた。最近は、ネットでの活動は小休止されているようだが、ファンとして今後ともご活躍をお祈りしたい。

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